<2026.6改稿 つれづれに書き足し、改稿していきます>

天野 博/法学部闘争委員長

 その年のメーデーのデモで隣り合わせ、以後、話をかわすようになる。
「まだ純朴な雰囲気でしたね。----八坂神社までの行進です。
 彼女は京都の街をきょろきょろながめていたなあ」----
 山田が彼女に最後に会ったのは、京大キャンパスでの集会の場だった。
「髪はぼさぼさ、目はうつろで明らかに疲れた様子でした」 
 知人にもらった外国たばこを吸っていると、高野は「珍しいの吸っ
てるじゃない。これと交換して」と自分のたばこを差し出した。両
切りのピースだった。
 のちに高野の遺稿集が出版されたとき、その悩みの深さを知って山
田は動揺した。自身はすでに運動から身を引いていた。就職はあき
らめ行政書士の道を歩んでいた。

『日経新聞』2022年9月4日

 一方、新左翼系は独自集会を呼びかけ、文学部や経営学部自治会そして寮連合などが集まった。当時サークルは新左翼系が多数、学術系も学芸系もその執行部を握っていた。メーデーへの取り組みは新入生争奪合戦でもあり各派が競い合った。新左翼系のデモには機動隊が並行し規制を加えた。それでも四条河原町交差点やゴールの八坂神社石段下ではジグザグデモを行って気勢をあげるのだった。

 1966年4月、東上高志が「ルポ東北の部落」を部落問題研究所機関誌に発表すると、部落解放同盟は、差別文書として糾弾した。

 部落解放同盟は、東上の同和問題講師を問題視し立命館大学を批判し始めた。当時の解放運動を主導していた朝田善之助と奈良本辰也をはじめ立命館日本史教員とは関係が深く、ともに解放運動の理論化をすすめていた。

 部落解放同盟は当時、日本共産党を脱党した構造改革派の影響が強く、そのこともあって構造改革派系のフロントや民学同が東上講師罷免要求運動を始め、部落差別をめぐって学内の対立が広がっていった。

 共産党、民青は部落解放同盟の糾弾を「大学自治への干渉」だとして反撃。他方、新左翼系はこの共産党の主張を、部落解放運動と大学とを対立させる危険な思想として批判を浴びせた。大学の自治は国家権力に対して守られるべきであり、解放運動団体による批判は大学自治を危ぶませるものではないと展開し、キャンパスはビラ合戦の様相となった。

 6月には、部落出身学生同盟が結成され、被差別部落民を排除する部落研とは何者かと論争は深まっていった。この中で被差別部落出身であると告白する学生も現れ一般学生への問題提起が浸透した。

 67年末、部落解放同盟は立命館大学に対して、学部教授会毎の糾弾闘争を行うことを求めたことに対し、部落解放同盟が解放団体として存在することを認め、大学は受け入れた。解放同盟を朝田一派として無視しようとした共産党の主張は教授会の多数に受け入れられなかった。

 共産党の大学自治介入論が破綻し、産業社会学部を除き教授会は「東北の部落」は差別文書であることに同意した。これに伴い東上は馬原鉄男とともに同和教育講師を解任され、師岡祐行が講師となるなど共産等色が一掃された。中間派教員が離れてしまい共産党は一敗地にまみれたが総長選挙を目前にして挽回のチャンスを待った。

 立命館は共産党の影響力が強く、その拠点は教職員組合であった。立命館民主主義は全学協議会に象徴されているが、学内理事、学部教授会、教職組、一部と二部学友会の五者による法人運営を理念とし実行してきた。いかにも五者があるように見えるが、立命館は外部からの干渉を避けるため、理事会を学内理事中心としてきた歴史があり、学内理事の大半は教授なので、学友会を除く三者は教員、全学協議会体制と言いながら、立命館民主主義は「大学の自治は教授会自治」という歴史的限界にとどまっていた。学友会は60年代長く構造改革派(フロント)が主導権を握っていたため、五者協議はそれなりに機能した。ところが67年に、一部学友会執行部は民青に移行したことにより、二部学友会とともに「五者」はいずれも共産党色を濃くし、新たな支配構造へと変質していく。

 変質の中心が教職員組合であった。立命館教職員組合は党内では「立教」と呼ばれ特別扱いされている。これは60年安保闘争時、構造改革派が共産党から分かれる政治的変動が生まれた折、学生細胞はことごとく構造改革派に移ったものの、元国際派細野武男(ポスト全共闘の総長)をはじめ教員細胞は党内にとどまったという経過がある。この論争をめぐる人間模様は当時、二部学友会を指導していた米澤鐡志が細野武男とのやり取りを書き残している(天野が編集した米澤鐡志追憶集)。

 部落問題をめぐる学内の対立深刻化は教授会自治の実態が露わになる日本史教室をめぐる激動、立命館学園闘争を予感させる。教職組は共産党の隠れみの「五者共闘」(立教、一部二部学友会、生協理事会、生協労組)を組織し次期総長選挙での勝利を狙って党派的利害を貫徹しようと周到に態勢を整えていった。その暗躍は後述する。

コンテスタシオン!(立命館大全共闘機関紙より)

連絡先:tugobua1969@gmail.com

天野博(Amano Hiroshi)